東京の旅(駒場、本郷と三多摩) 報告
慶田 雅洋(昭30農)
・ 日 程:2014(平成26)年4月16日(水)~19日(土)
・ コース:
4月16日(水) 豪徳寺、古賀正男記念館、東京ジャーミー、駒場リサーチセンター
4月17日(木) 新宿御苑、駒場公園内前田伯爵邸、竜轟山等々力不動尊・等々力渓谷
九品仏・浄真寺
4月18日(金) 東大農学部資料館・図書館・東大球場、弥生美術館・竹久夢二美術館、
旧岩崎邸庭園、東大赤門・伊藤国際学術研究センター
4月19日(土) 芦花公園・蘆花恒春園、深大寺・水神苑、青梅・吉川英治記念館
・ 参加者 23名
豪徳寺は今でこそ立派な伽藍のお寺になりましたが、昔は貧乏寺で雲水修行をしてやっと暮らしを立てていたそうです。時の和尚はことさら猫を可愛がり、自分の食べ物までも割いて育てていたそうです。ある夏の昼下がり、突然鷹狩りの帰りと思しき武士5、6騎が入ってきて、和尚に「門前を通ったところ、猫が1匹うずくまっていて、手を上げてしきりに招くので休ませて戴きたい」とのことでした。和尚は三世因果の説法をしたところ、一天俄かにかき曇り雷鳴轟き夕立となったそうです。武士は大変喜び、「拙者は江州彦根城主の井伊直孝です。」と名乗り、これを機に豪徳寺は井伊家の菩提寺になったのです(因みに直孝侯は彦根藩2代目の藩主で、大老の直弼侯は13代です)。
全く同じ形の白い招き猫は商売繁盛のシンボルとして関西で販売されていますが、同じ招き猫でも江戸では意味が異なるのです。お寺のボランティアの方があまりにも熱心で2時間以上かかったので、代々木上原の古賀正男記念館は駆け足の見学となりました。
東京ジャーミー(イスラム教寺院)を訪れたのは5時半を回っていましたが、係の方のご好意でゆったりと見学することが出来ました。荘厳なステンドグラスには目を見張りました。
工学部航空学科は旧制一高の近くに航空研を持っていました。戦後アメリカの憎悪の対象となり、航空学科は解体されましたが、航空研は現在は先端技術センターとして生まれ変わり活動しています。先端研ではiPS細胞の研究をやっているかどうか分かりませんが、先端技術には色々なものがあると思い、見学を前から申し入れていたのですが事務局の答えはNO。前例がないとの一点張りでした。「北海道富良野の演習林や奄美大島の国際ハブセンターは一般公開していないにも拘らず見学を許してくれた」と粘ったのですが駄目でした。但し、リサーチキャンパスのレストランCapo Pellicanoは以前から顔見知りのシェフなので、当店で会食のみ実施いたしました。
旧航空研の建物は規模は小さいですが、旧制一高の建物とよく似ています。中央に時計台があり、旧特高館に似た事務棟があります。以前は樹木に取り囲まれていたのですが、ほとんど伐採して8階建ての研究棟に生まれ変わっていました。
宿泊は3泊とも京王電鉄渋谷駅構内にある渋谷エクセルホテル東急を利用しました。岡本太郎の「明日の神話」と題する大壁画があり、見飽きるほど鑑賞することができました。

4/19(土)新宿区内藤町新宿御苑にて、八重桜が満開であった。。
駒場になぜ前田伯爵邸があるのでしょうか。本郷の赤門が前田家の御門であることはご存知の通りですが、明治政府は本郷を東大が接収した見返りとして、換地を提供したのです。前田利為侯がここに邸宅を構えたのは昭和の初めでした。邸宅は和館と洋館からなり、洋館は住居として、和館は来客のおもてなし等に使用していました。ところが、侯は第2次大戦中に将官として任地のボルネオで戦病死され、お家は断絶。終戦後の内閣総理大臣東久邇宮稔彦殿下はマッカーサー元帥の宿舎として洋館を提供しましたが、マ元帥は住むのを嫌がり、虎の門のアメリカ大使館から日比谷のGHQへ通いました。後任のリッジウエイ中将は洋館を大変気に入り、住居として使用しました。連合軍総司令官はリ中将で終わりですが、後任の在日米軍司令官クラーク大将も洋館を使用しました。その後昭和42年に東京都が公園として開設し、現在は目黒区に管理が移管されています。

4/17(木) 駒場東大前 東大教養学部正門にて

4/19(土)調布市深大寺境内水神苑にて、好天に恵まれ大勢の観光客で賑わっていた。
青梅にある吉川英治記念館の草思堂で英治の生涯を振り返るDVDを見ました。英治が青梅に疎開したのはサイパン陥落後の昭和19年秋で、ここには昭和28年までの足掛け10年しかいなかったのですが、今でも地元の人々に愛されていることは幸せなことです。70歳で亡くなるまで30回も引っ越したのには驚きました。若いころは神戸の造船所でカンカン(叩き船大工)をやったこともあることを知り、関西東大会の大先輩である日向方斎先生も同じことを経験したと伺っていたのを思い出しました。
プラムウイルスの蔓延を阻止するため、青梅梅郷の梅林は本年3月の観梅を最後に全て伐採したそうです。プラムウイルスの特効薬はなく、桃にも感染するので、伐採以外の手はないそうです。土中のウイルスを殺滅するためには5~6年必要で、それから植樹しても育つのに数年かかるから、10年は梅見出来ないことになります。来年から梅のない青梅に観光に来る人があるのかと心配になりました。

