関西東大会1月例会報告
s58法 安原 徹(文)
s45農 藤田ひかる (画像)
伊藤元重教授講演記録

1.現在私が気にしている経済データはデフレギャップだ。デフレギャップとは、わが国の実際の需要が潜在供給量に比べて不足する額を意味する。これが35兆円~40兆円あるといわれている。逆に、需要が潜在供給量を上回ることがインフレギャップといわれるもの。経済はこのデフレギャップとインフレギャップが交互に循環して現れるのが通常。
ところが日本ではここ20年間デフレギャップがドカッと腰を下ろした状態だ。1990年にバブルが崩壊し、92年からデフレギャップに突入した。2004年~6年は世界経済が過熱して最も円安になった時期だが、この間だけは水面に出てきてデフレギャップは解消したが、その後再びデフレギャップが続いている。私はこれを「根雪のようなデフレギャップ」と呼んでいるが、そう簡単に解消するものではない。現在は、この状態を変えるべく日本の産業が大きく姿を変える前兆が現れてきた状況と考える。これはいい方向なのだが、悪い材料は政府内にあるのかもしれない。
デフレギャップが継続すると本当のデフレが起こる。デフレを解消するために国債を発行して中央銀行が買い上げればいいと言う人もいるが、これは無理な話だ。体温が下がっているときに、根本的な解消策を取ることなく、体温を上げるために口から熱湯を注ぐようなもので、無理な話だ。
今年の経済を予想すると、「これ以上悪くないだろう。二番底はないだろう。」と考える。基本的にこれ以上悪くならないだろうし、アジア諸国が良くなってきているからだ。もっともリスクとしては、現在中国が過熱しすぎていることと新政権の政策が挙げられる。
以前IMFは、リーマンショック前に「日本の経済は悪くなるだろう」と予想した。日本の評論家は皆反対したが、フタをあけて見るとやはり悪かった。輸出に頼っているため悪くなる。2010年についてIMFは上方に行くと言っている。日本国内には経済が良くなる要因があるし、近隣諸国が想像以上に良くなっているので恩恵を受けるからだ。例えば、ライオンは減収増益だ。国内は厳しいがアジアがのびている(ライオンは中国ではやっていない)。これが今の日本の経済の姿である。
2.閉塞感が漂う中で企業はどこに突破口を見出すか?私は3つあると思っている。
第一は、アジア進出。
第二は、国内での厳しいリストラ、構造改革。
第三は、医療、観光、健康、介護等新しい道に成長を託する
このような中で企業が生き残る方法はあまり多くない。3つ挙げると次のとおり。
(1)もっとがんばる。少しでもコストを下げて、少しでも売上を伸ばす。
(2)競争相手を消し去る。
・政治の例を見てほしい。
・サントリーとキリンは激しい競争を繰り返してきたが、合併したことで仲間になった。競争相手が減れば企業にとって良い状況になる。
・私の友人に着物ビジネスに携わっている者がいるが、ここ10年で競争相手がいなくたったという。厳しいビジネスは厳しいところは行きつくと競争相手がなくなる。
(3)他人と違うことをする。常に経営は一歩先を行かねばならない。
これ以外にも、本当は生き残る道はあるが、お勧めできない。これらは、おカミに助けてもらうというもの。もう一つは、やめてしまうこと。ボロボロになるまでがんばらなくてもいい。そうすると、日本の企業は上記の3つのどこにウェイトをおいてがんばるかを考えねばならない。
第一の突破口であるアジア進出については次のような例がある。
・ホンダは中国で2割以上売上を伸ばしたが、逆にシェアは減った。中国の自動車生産は4割の勢いで伸びているからだ。日本の企業は中国では出遅れている。トヨタも高級車から入りすぎてうまくいかない。
・これからはいかにがんばってたくさん作ってたくさん売るか。1960年代のDNAが大切だ。
・日本の企業がグローバル化する過程で、これまでは常に上を見てきた。常に欧米を見てきた。ところが10分の1の所得しかない中国で売るとなると、よりいいものを売るより、より安いものを適正価格で売ることが大切だ。
・これからは主に日本国内でやってきた企業、例えば、資生堂、日本ハム、ユニクロ、セコム、ベネッセといった会社がビジネスをアジアに広げていくことになるだろう。
・日本の生産労働人口は今後急速に減少する。少子高齢化のために人口減少は少しづつ減っていくが、65歳以下の生産労働人口は急速に減少する。石川県にキリンビールは工場を持っていたが、生産労働人口が減少することを見越して工場閉鎖した。キリンとサントリーのようにどこが早く強いところと手を組むかが課題となっている。
・現在アジアの中間所得層がものすごい勢いで伸びているのでこの方向は正しい選択だ。
第二に挙げた構造改革の問題は次のとおり。
・一番難しいのは国内で生きていこうとするとき、いろいろな産業で供給過剰になっていることだ。例えば、建築土木の分野は非常に需要が少ない。適正規模に供給が減らざるをえない。他には、日本には百貨店が非常に多い。明らかにオーバーカンパニー状態だ。スーパーもそれを支える卸もというように同じ状況だ。
・中小の製造業は日本の宝物だ。板金が日本の製造業を支えてきた。これが外国に移っていく。日本の会社の全部は生き残れない。
・それに政治が拍車をかける。自民党のやってきたことをみるとよくそこまで持たせたなと思う。自民党は、問題先送りしてきた。その結果が今表に出てきている。民主党には自民党のような先送りをする能力はない。自民党がやってきた公共事業や中小企業支援で問題を先延ばしをすることはできない。でも先延ばしするより無能なほうがよい。日本経済はもう待ったなしの状態だ。その象徴がJALだ。

・JALは銀行がだましだまし生かせてきた会社だが、民主党があまりにもお粗末だから安直に会社更生法を申請した。JALを見ると日本の企業の問題点がよくわかる。例えば年金の問題。OBには4.5%の利回りが約束されているが、国債利回り1.5%の状況では企業が身を削ってOBを支えていることになる。その一方で、地上職員や整備職員の給与水準は低い。その意味では現場の人も被害者だ。また、更生法申請にあたりDIPファイナンスが必要となるが、米国ではDIPファイナンスには優先権が与えられるので銀行はカネをだすが、日本ではこのような仕組みがない。
・政権政党が民主党になってこういった問題がすべて表に出てきた。政府にこのような問題を先送りする能力がないからだ。でも問題がでてきたことで日本企業が転換点にあることがわかった。どうせいつかは通らなければならない道だからそれはそれでよかった。ただこれを切り抜けるために企業努力だけでは無理だろう。例えば、雇用制度の転換について。雇用制度は大きく分けて3通りある。
第一は、アメリカ型(市場経済型)。
第二は、日独型(企業共同体社会)。この特徴はなかなか従業員のクビを切れないこと。20ヶ月~30ヶ月分の給与を上乗せしないとやめさせられない。こういう法制がある一方で、政府は何もしてくれない。
第三は、北欧型(社会民主主義型)。スウェーデンやデンマークが典型。これらの国では最低賃金などはない。またいつでもクビにできる。全員が非正規雇用のようなものだ。その代り国や地方政府が徹底的に面倒を見る。
これら3つのなかでどれがよいかは一概には決められない。米国は市場経済型を選択した。共同体型と北欧型についてはどちらにもそれぞれ良さがある。日独型の問題はインサイダーとアウトサイダーが分かれることだ。つまり一旦雇ったら最後までしがみつかれる。その一方で、大卒の未就職率が30%という。インサイダーにとってはいいけれども、アウトサイダーには厳しい社会だ。このような共同体型は衰退から企業を伸ばしていくためには困難が生じる。だから、企業がもう少し自由に労働者を入れ替えることができるような雇用制度が必要だ。政府がこの部分にどうかかわっていくのか、今まさに崖っぷちに立たされている。

第三に挙げた新分野への進出については次のとおり。
・企業が伸びていく分野はあるのか、それに対する政府の関わり方はどうあるべきか。セイの法則によると、マクロでは需要と供給は等しくなるはずだ。現在需要が表に見えてこないのであれば、それは政策が悪い。医療、健康、高齢者、介護、観光、環境、21世紀型都市創造等の分野が考えられる。ただこれら伸ばすためには政府が大胆に関わっていかなければダメだ。
・例えば、環境分野については1990年に世界はCO2削減目標で合意した。これに関しては日本の森林だけで3.8%のCO2削減が可能だ。それならば中国から排出権を購入するよりも、日本で森林整備をやった方がよいことになる。
また、観光については、2000年の外国人観光客は300~350万人。2年前には800万人。
倍になって今は1割落ちた状態だ。まだまだ観光分野では日本に可能性がある。成田空港には3つの欠点があると言われている。一つは都心から遠いこと。二つ目は国内のハブ空港である羽田と離れていること。三つ目は深夜早朝に飛べないこと。羽田の第二滑走路が使えるように制度が変わると、羽田はものすごい勢いで変わっていく。関西も伊丹、関空、神戸というよりも24時間フル稼働できるのはどこかと考えるべきだ。
日本の観光産業で熱心な地方は九州だ。九州にアジアの観光客を呼び込むためにタダで10万円の地域振興券を配るという。知恵を絞ると前と違った新しい産業が出てくる可能性がある。
以上3つ挙げたなかで政府に期待するのは第二の雇用制度問題と第三の新規産業分野育成だ。第一の外国進出は企業の姿勢の問題であって政府とは無関係だ。つまり年金と雇用制度、加えて倒産法制。また新しい産業分野の創出。これらをどうやって作っていくか。手っ取り早くやるには増税しかない。
3.日本の財政支出は惨憺たるものだ。医療と研究は先進国中最低レベル。一方我々が払っている税金も最低レベルだ。低い税金負担のなかから子ども手当、ガソリン暫定税率廃止、高校無償化をやるとあと何ができるのか。うまくいくわけがない。50兆円増税してどぶに捨てたら経済は落ち込んでしまう。税を使ったのなら景気が良くなるようにしなければならない。もっともこの点については経済学者の間で意見が割れている。つまり財政支出しても国民は増税を見込んで貯蓄するから景気は変わらないという考え方と国民は目先しか考えないから多少はよくなるという考え方だ。だったら50兆円増税して40兆円使って10兆円を国債償還に回せばよい。
結局のところ日本が豊かになるためには国民が時代にあった増税を受け入れるしかないと考える。日本企業の課題は、外国進出、体質調整、新分野だが、私は楽観的だ。日本の政治はこれ以上悪くならないと考えるからだ。
質疑応答
(問)日本の学生の気力についてどう感じるか。
(答)「坂の上の雲」を見て思うのだが当時は弱小国で強い気概をもった時代だった。これは今の若者にはない。しかし楽しみな人材はいる。例えば外資系に就職して自分の力を試そうとする者。またこれだけ叩かれても役所に行って頑張ろうという者もいる。多様な人材が出てきている。また女性が元気だ。眠った人材を掘り起こしていく必要がある。
(問)所得税の累進性を弱めたことが日本の問題だと考えるが如何。
(答)先進国で所得税の累進性を採る国は少ない。社会民主国では税で所得再配分することはない。例えばスウェーデンの中央所得税は30%フラットだ。これに消費税が加わる。フラットに税を取られるが、弱者は徹底的にサービスを受ける。たとえ障害者であっても所得税を払う。30%払うことによって堂々とサービスを受ける。金持ちから分捕って貧しい人に配るというのは節操がない。所得税をフラットにして徹底した社会保障をするという構造だ。日本の終身雇用制度はそれなりに出世する人にとっては良い制度だった。でもこれではベンチャーが育たない。累進税率だと新しいことをやって稼いでも税金で持っていかれるからやる人がいなくなる。富の再配分を税でやるのではなく社会保障でやるという方向が望ましい。
ところで税については所得に課税するのか資産に課税するのかという大きな問題がある。例えば農家でまじめにやって所得があがると税で持っていかれる。サボっても土地には税がかからない。これでいいのか。また中小企業の息子が事業を承継したときには所得に課税するより資産に課税する方がよいのではないか。こういった難しい問題があるが、国民の間には増税を受け入れる気概がない。痛みを伴う税制改革は社会が痛い目に会わないとできないのかもしれない。政府の借金の額の多さは、ジンバブエ、日本、レバノン、スーダン、イタリア、ジャマイカといった順だが、日本の借金は国民が貯金したカネで銀行が国債を買ってくれているから回っている。でもいつかはほころびが来る。おおかみ少年と言われるがいつかは来る。でも日本はジンバブエとは違う。だから増税を受け入れる気概が出てくることを期待する。
以上

