大阪京大クラブ7月定期例会(食事会・講演会)参加報告

幹事 日笠 賢(昭55経)

掲題会が下記の要領にて開催され、菊池代表幹事、沖野事務局長をはじめ関西東大会から7名の出席者とともに参加して来ましたので、報告します。

日 時:2010年7月2日(金) 17:30 ~ 20:00                  
場 所:(社)中央電気倶楽部5階ホール
講 演:山中 伸弥 氏(京都大学iPS細胞研究所 所長)     
演 題:「iPS細胞研究の進展」
出席者:約140名(関西東大会から今回は総勢8名が参加)

【例会の進行】
今回は、いま注目の的であるiPS細胞の山中伸弥先生を講師にお迎えするということで、従来例会の約2倍の出席者になりました。まず、初参加の四方 修 氏(元大阪府警本部長(グリコ森永事件当時))や畑 守人氏(前大阪弁護士会会長)ほか8名の新入会員の方のご挨拶があり、続いて食事会となりました。
その後、鈴木会長のご挨拶と山中先生のご紹介があり、講演会が行なわれました。
【講演会: 山中 伸弥 先生】
山中先生は1962年生まれの現在47歳。今、日本人の中でノーベル賞に最も近いとされるひとりです。ノーベル生理学・医学賞の受賞者が先行して受取ると言われるアルバート・ラスカー賞をはじめ、数々の受賞は、2006年に米紙に論文発表されたiPS細胞の研究によるものです。先生ご自身は、もともと神戸大学医学部から大阪市立大学院に進まれた整形外科医ですが、米国留学後、奈良先端科学技術大学院大学勤務などの紆余曲折を経て、また挫折と幸運があって今、臨床を離れ、京都大学で基礎研究をされているとのことです。
iPS細胞は、様々な細胞や組織に分化する能力を持つ多能性幹細胞のことです。万能細胞としては、ES細胞が1981年にマウスで、1998年には人間でも作られています。全ての細胞に分化でき、ほぼ無限に増殖できる点でES細胞は万能です。再生医療(例えば皮膚移植や骨髄移植、臓器移植など)に有用ということで、極めて大きな期待を持たれる訳ですが、一方では、①そのまま生かせば生命が誕生する胚を利用する点で倫理的に抵抗があること(この一点で、ブッシュ前大統領はES細胞の利用には絶対反対だったそうです。)、また、②他人の細胞であることによる移植後の拒絶反応の恐れがあることなどが、問題点として指摘されています。
この点iPS細胞は患者本人の皮膚細胞を初期化して作ることから、上記の①も②も解決できる訳で、これが画期的といわれる所以です。また、6歳女児と36歳男性と81歳女性の各々から作ったiPS細胞が、全く同じように増殖することから、個体の老化には無関係に、細胞はまるでタイムマシンに乗ってゼロ歳状態に戻せることが確認できているそうです(ここで会場大いに沸く!)。
では、具体的にiPS細胞で何が出来るのでしょうか。先生からは、日本で2000人の患者がおり、毎年200人が亡くなる難病ながら、未だ治療法が確立されていないALS(筋萎縮性側索硬化症=手足や呼吸に必要な筋肉が徐々に衰え動かなくなる病気)への対処のお話がありました。また小児のSMA(脊髄性筋萎縮症)や、薬剤で誘発され、致死性の不整脈を起こすQT延長症候群などを救うものとして研究されているとのことです。これらの患者を身近にお持ちの方は、実現を待ち焦がれているのではないでしょうか。副作用確認などの臨床実験も、他人を利用しないで済む有利さがあり、一日も早い実用化が期待されます。
ただし、本格的な実用に向けては、本人のiPS細胞の増殖では数ヶ月から半年と言う時間がかかるため、例えば脊髄損傷のような緊急時用に、日本人のHLA(ヒトの主要組織適合性複合体)のうちの90%をカバーする型を持つ特殊なドナーから集めた「iPS細胞バンク」を設置する必要性のお話が、先生からありました。5年以内の完成を目指すとのことです。
最後に研究費や知財のお話がありました。先生のおられたカリフォルニア大学のグラッドストーン研究所では、国のバックアップに加え、財団基金や民間の寄付で年間60億円もの研究費を確保しているのに比べ、今年4月に鳴り物入りで設立された京都大学iPS細胞研究所でもその予算は、国から20億円、基金からは3千万円くらいだそうです。また、知財分野での日本の弱さが心配とのお話があり、人材の育成が望まれるとのことです。
講演後の質疑では、先生がiPS細胞を研究するきっかけとなったのがクローン羊のドリーであったことや、iPS細胞の作成が今はウイルスを利用せずにできるようになっていること、また、iPS細胞の癌化を防ぐことが現在の最大の課題であることなどが話されました。
わが関西東大会の沖野事務局長からは、日本でも大学への寄付の機運を盛り上げるために、京都大学・大阪大学・東京大学の三大学共同によるワールドカフェが実現できるように、今後とも山中先生にも協力をお願いしたい旨、しっかりと要望がなされました。

以上