紅葉の秋田旅行記

(10/18-22・田沢湖・八幡平・角館)
旅行グルメ同好会      

S34薬 川村邦夫さん記
S32工 渋谷寧伸さん画

秋田へ旅行するに当たって、一番気になったのは、東北地方太平洋沖地震のことであった。亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、その土地で、特に沿岸部でご苦労されておられる方々に思いを馳せながら盛岡に向かった。10月18日、一行12名は東海道新幹線・東北新幹線を乗り継いで秋田県4泊5日の旅に出た。鉄道もバスも、東北地方の内陸部を通っているため、地震や津波の爪跡を見ることも無く、また、行く先々の温泉地、観光地は人々で賑わい、中国語を話している観光グル-プもあり、この旅行は地域振興にもなると思われた。
紅葉のベストシ-ズンであり、行く先々で見事に色づいた山肌や渓谷の景色を愛でることが出来たが、その上、帰る日、1日を除いて4日間は快晴に恵まれ、秋の東北地方の旅を満喫することが出来た。
<夜は更けて温泉宿に聞こゆるは大地の息吹、渓流の音>

第一日目(10月18日(月)):に訪問した松川温泉は、田舎の温泉宿であり、その名も「鄙の湯」と看板が出ていた。有名俳優や野球選手、著名政治家のサインした色紙が沢山掲示されている鄙であった。山々は紅葉の盛りであり、渓流沿いには高温の温泉の蒸気が噴出している。
                          
 第二日目(10月19日(火)):松川は日本で初めて地熱発電を行ったところであり、松川温泉から徒歩10分ぐらいのところに地熱発電所がある。1966年に建設されたという、地熱発電所を見学に行った。出力は23,500KW、地下1~3KMの所にある高温高熱の地熱流体を利用している。原理的に言えば、地下にある原子の核分裂による原子力エネルギ-である。現在は、地熱発電は総電力量の1%にも満たないが、もっと開発されるべきものであると思った。アイスランドでは、総発電量の10%以上を地熱発電によっている。
松川温泉を後にして八幡平頂上(1,613m)に向かった。快晴の八幡平付近の山や谷の紅葉が最も美しい時期であったが、一日前に登山した写真家の写真では、一面真白な霧氷に覆われ、真冬のような景色であった。山の景色、気象は一日にして全く違う様相を呈するのである。八幡平を下り、その日の宿泊地、玉川温泉に着いた。
<山々は赤黄緑に彩られ 散りゆく前の美の極み>         
第三日目(10月20日(木)):玉川温泉はたいへんな賑わいを見せていた。我々一行も部屋を確保するのに幹事が苦労したところと聞いている。ここには自炊部という建屋があり、宿泊客は自炊して長期滞在する人が大勢いるという。泉源の温度は95度。酸性度が強く、浴槽の表示では、PH 1.05となっていたが、PH 1.1或いは PH1.2とも云われ、希塩酸並の酸性度の高温の温泉が至るところに噴出している。また、近くには、北投石という放射能を持った石が採れ、岩盤浴をする小屋があり、ゴザを持った人が列をなして順番待ちをしていた。着衣のまま放射線の出る岩盤の上で横になるのである。放射線量は、2~5マイクロシーベルトと言われ、秋田市内の50倍、福島市内よりもはるかに高い値であるが、ここの放射能は体に良い心理的効果を持つのであろう。
玉川温泉を後にして田沢湖に向かった。田沢湖は秋田県の中東部に位置しており、周囲20KM, 水深は423.4M で日本では最も深い湖であり、静かな山の中の湖である。
遊覧船で湖を一周した後、近くの「抱帰(だきかえり)渓谷」を散策した。この渓谷には、至るところに巨大な奇岩があり、渓谷沿いの木々の葉は赤や黄色に紅葉しており絶景であった。遊歩道は整備されているが、道幅が狭く、人がすれ違う時に互いに抱きかかえる様にして支えるという所から名付けられたという。この日の宿は、田沢湖を挟んで正面に秋田駒ケ岳が見える田沢湖ホテル・エルミラド-ルというホテルであった。
<田沢湖の神秘たたえる翡翠色さもありなんかたつ子伝説>  
第四日目(10月21日(金)):秋田内陸線で「阿仁マタギ」に行き、「マタギ」資料館を見学した。「マタギ」とは秋田・青森地方で伝統的な方法を用いて集団で狩猟を行う狩猟者集団を指しており、「マタギ」の狩猟方法や道具が展示されていた。                              「阿仁マタギ」を後にして森吉山(1,454.2M)に向かった。ここからは登山・森林ガイドである後藤千春氏に案内頂いた。ゴンドラが昇るにつれて黄、赤に紅葉したブナ林をとおり、既に紅葉を過ぎている地帯を通り、山頂近くまでゴンドラで行くことができた。そこから更に歩いて眺望の良いところまで登り、周辺を見渡した。この日は雲一つない快晴で、南の方、遠くに鳥海山を、西の方、かなたに男鹿半島・日本海までを望むことが出来た。高山植物の花の季節は既に終わっており、夏に咲く花の説明を受けたが、この辺は花の名所でもあるようだった。森吉山をゴンドラで下り、奥森吉のブナ林を散策して 林の成り立ちと落葉の層についての説明を聞いた。ホテルに帰り、今回の旅行の最後の晩餐では、各自が感想や近況などを紹介し話しが弾んだ。

第5日目(10月22日(土)):ホテルを後にして、角館へ。秋田藩の支藩の城下町として町が造られたのが1620年。以来390年余、町の形は大きく変わっていないと言うから驚く。歴史博物館、武家屋敷、石黒、青柳等の名家を訪ね歴史的展示を見学した。石黒家では何代目かの当主自らが入口に立っておられた。発見もある。歴史資料館にあった日本地図は、1779年に長久保赤水が大坂で『改正日本輿地路程全図』として出版し、その普及に努めたとの説明があった。日本地図は伊能 忠敬が初めて造った(1816年)と思っていたが、その37年も前に、ほぼ完全な日本地図が存在していた事を知った。昼は角館の「秋田づくし」食事処で昼食を取って旅の全行程を終わった。


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