関西東大会2月例会(中世軍記物語講座)参加報告

s47農 白井 俊和
掲題会が下記要領にて開催されました。

日時:2010年2月10日(水)18:00~20:30(食事と講義・ 質疑応答)
場所:(社)中央電気倶楽部
演題:「木曾義仲をめぐる人々―主従の絆―」
講師:山内(やまのうち)潤三(中国)西北大学名誉教授・元武庫川
女子大学教授 (1925年7月11日生)

≪内容≫
総合司会:沖野事務局長
講師紹介:並木大阪京大クラブ世話役
挨  拶:小池関西東大会副会長
鎌倉時代に書き上げられた『平家物語』は源平の栄枯盛衰と、没落し始めた平安貴族たちと新たに台頭した武士たちの人間模様を流麗な和漢混淆文で描いた作品であり、広く人口に膾炙する「祇園精舎の鐘の声・・・」で始まりますが、今回の講義は第6巻から9巻までの膨大な出来事を限られた時間で分かりやすく濃密になされたものでした。
義仲は信濃源氏の武将で義賢と遊女小枝御前の間に生まれ、頼朝・義経とは従兄弟に当たります。征東大将軍となって、10日後に頼朝が送った義経の軍勢により、近江の国粟津の地で討たれます。享年はわずか31歳でした。山内先生のお言葉を借りますと、“武人として優れていながら、田舎育ちの為か都住まいの人たちの教養・知識が無く、粗野な人物“として扱われ、“政治力無く、運不運の移りが激しい人物で哀れ”と表現されます。
因みに、義仲の墓所は朝日山義仲寺(滋賀県大津市)にありますが、俳人松尾芭蕉は義仲の哀れむべき生涯に思いを寄せ、生前から義仲の隣に葬って欲しいと言っていたものでした。
さて、今講義の圧巻は何と言っても、物語・資料の書き手がまるで憑依したかのような山内先生の臨場感溢れる情熱的な語り口でした。大好きな古文を本当に楽しんで講じておられるのがひしひしと聴き手に伝わってきて心地の良いものでした。
何箇所もありましたが、ここでは紙数の関係から義仲最期近くの資料原文(一部書き換え・省略)を記してみます。愛妾・武人といわれる巴御前について語られた部分です。
木曾殿は信濃より、巴・やまぶきとて、二人の美女を具せられたり。・・・
中にも巴は色白く髪長くして、容顔まことに美麗なり。・・・弓矢・打ち物取っては如何なる鬼にも神にもあふといふ一人当千のつはものなり。・・・度々の高名、肩を並ぶる者なし。されば多くの者ども落ちうせ討たれける中に、七騎がうちまでも巴は討たれざりけり。
85才になんなんとするお歳を全く感じさせないお話しぶりで、今後も色々な分野でお元気に活躍され、100才になられても カクシャクとしておられるだろうと予感したものです。

以上


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