関西東大会第23回総会報告
s58法 安原 徹 (文)
s45農 藤田ひかる (画像)
日時:平成21年10月17日 18時~21時30分
場所:ホテルグランヴィア大阪
第一部
井出会長開会挨拶に引き続き、会長を総会議長に選出、第1号議題「平成21年度事業報告ならびに決算案の承認の件」、会計監査報告、第2号議題「平成22年度事業計画案ならびに予算案の審議の件」、および第3号議題「役員改選」が承認された。引き続き東京大学理事・副学長小島憲道氏よりご挨拶を頂いた。

第二部
映画監督山田洋次氏より「映画と私」という題でご講演頂いた。主な内容以下のとおり。
・現在京都で立命館大学映像学部の学生とともに「太泰物語」という映画を製作している。大学卒業時大変な就職難で自分の居場所もわからないまま不安の中で松竹に就職した。将来監督になろうと思って入ったのではなかった。
・監督の仕事は、そのカットがOKかNGかを決めること。実際それ以外何もしない。何もしないが、そこに監督の個性が立ち現われてくるのが理想である。
・映画の全盛期は1930年代から1960年頃まで。いい映画を作るには時間がかかる。コストがかかる。60年代以降経済的な制約のため、そういうゆったりした製作が許されなくなった。
・監督にとって大事なことは、いいスタッフ、いい俳優、いい脚本。この3つが揃えば成功する。そしてカットをつなぎ合わせて出来上がったものを一歩離れて観ると、撮影時に予想もしなかった色合い・イメージが浮かび上がってくることがある。黒澤監督はこれを「窯変」と呼んだ。

・寅さん製作にあたり松竹首脳部は初め乗り気ではなかったが、私としては「あたりまえの映画」つまり「ああなるだろうと思うとそうなる」ストーリーを作りたかった。試写を観るとずいぶん真面目な映画だと感じたが、封切では観客が笑っていた。「これでいいのだ。自分が面白がって映画を作らなくてもいい、真面目に作ればいいのだ」と観客が後押ししてくれたと感じている。
・シリーズを続けることに迷った時、渥美さんが「寅さんに自分が追い抜かれないよう精進しなければならない」とおっしゃるのを聞き、「乗っているな」と感じて連作を決意した。彼は、遊びも贅沢もしない。歳とともに余分なものが抜けていき、素晴らしい俳優になった。プライベートは決して他人に明かさない人だった。病気のことも自分からはおっしゃらなかった。亡くなって初めて奥様から電話を頂いたが、自分が病気であることを決して知られないように言っておられたとのことだった。大船で「送る会」を催したが予想を大きく超える弔問者が訪れ涙が出た。
・自分も歳をとったが、歳をとった人にしかできない映画を作りたい。「あの人も歳をとったな」と言われたくない。自身の老化は避けられないが、作品の老化を防ぐように映画を作っていきたい。
第三部
関西東大会副会長小池俊二氏より開会挨拶、同副会長北修爾氏より乾杯のご発声を頂き歓談。来賓として、東京大学副理事杉山健一氏、東京大学同窓会連合会事務局長長崎新一氏、東海銀杏会渉外担当幹事吉村光正氏、大阪京大クラブ副会長山内潤三氏が紹介された。祝電披露に引き続き、奈良東大会西育良氏、和歌山赤門会安藤元二氏、兵庫東大会鷲田昌範氏より地域同窓会活動紹介、井関貴史氏(平成9法)、近藤智氏(平成10農)、渋谷元宏氏(平成7法)、美濃和秀幸氏(平成5工)より若手代表挨拶があった。最後に出席者全員で「琵琶湖周航の歌」、応援歌「ただ一つ」を斉唱、関西東大会副会長長恵祥氏による閉会挨拶で総会を終えた。


以上

