2020年2月16日(日)開催の「第34回総会」における講演会の報告
演 題 『人類が初めて目にしたブラックホールの姿』
講 師 国立天文台 水沢VLBI観測所長・教授 本間 希樹氏
(文責:関西東大会幹事会)
日本時間の2019年4月10日、国立天文台を含む世界16か国と地域の研究機関が共同で記者会見を開き、おとめ座にある楕円銀河「Ⅿ87」の中心にあるブラックホールの「影(ブラックホールシャドウ)」の撮影に成功したことを発表しました。ドーナッツ状のリングの中心に黒い影がありますが、これはブラックホールが「光さえ脱出することができない天体」であることを視覚的に示すものです。一方、ドーナッツ状の部分はブラックホールにまとわりついた光の衣です。
ブラックホールを捉えるには高い視力を持った望遠鏡が必要になります。望遠鏡の視力は観測する電磁波の波長と口径の比で決まります。波長が短いほど、望遠鏡の口径が大きいほど細かいものが見分けられ、高い視力を得ることができます。
そこで、遠く離れたところにある電波望遠鏡を組み合わせてひとつの大きな望遠鏡として使います。これがVLBI(Very Long Baseline Interferometry:超長基線電波干渉計)と呼ばれる技術で、世界各地で同じ時間に電波を観測し、それを合成して使うというものです。
その結果、望遠鏡の直径が10,000km、観測波長1.3mmの観測で「視力300万」を実現しました。2017年4月に世界6か所8台の望遠鏡で初の撮像観測を行い、その後2年の歳月をかけて得られたのが今回の写真です。
ブラックホールとは「重力が強くて光さえ脱出できない天体」です。光は宇宙で最も大きな速度を持っていて、その速さは秒速30万kmになります。この速い光ですらブラックホールから脱出できないのですから、それよりも速度の遅い通常の物質は脱出することができません。その結果、光さえ出てこないので、見た目が真っ黒な天体になるのです。つまり物質も光も飲み込む「一方通行の弁」のような天体で、一度入ったら二度と出られないものなのです。
一方、巨大ブラックホールは非常に明るい天体です。ブラックホール自体は文字通り暗黒の天体であり、真空中に単独で孤立した状態では暗いはずです。ところが銀河の中にブラックホールが存在すると、その強い重力によって周囲に漂っているガスを引きつけます。このガスが中心に落ち込んでいき、やがてブラックホールの周囲をぐるぐる回転するガス円盤を形成します。このガスはブラックホールの重力によって光速に近い回転速度まで加速されます。その際、摩擦によって非常に高い温度にまで熱せられるので、明るく輝くのです。
ブラックホールについては20世紀初頭より望遠鏡での観測が行われてきました。1918年にはおとめ座のM87星雲について星雲の中心から直線状に光線が出ていることが発見されました。これはM87の中心にある巨大ブラックホールから出ている宇宙ジェットであり、天文学の立場から銀河の真ん中に何かがあることが推定されました。また、物理学的にはアインシュタインの一般相対性理論からブラックホールの存在が予言されてきました。
その後、宇宙からやってくる電波が発見され、電波で宇宙を観測する技術が生まれました。1950年ごろからは、大きな1台の望遠鏡の代わりに複数のアンテナで信号を受信し、それらを掛け合わせて大きな望遠鏡と同等の機能を合成する電波干渉計が開発されました。
1990年代に巨大ブラックホール存在の最も強い証拠が得られたのがいて座Aスターです。いて座Aスターのすぐそばにある星の運動を10年以上にわたって測定した結果、これらの星は毎秒3,000kmでいて座Aスターの周りを運動していることがわかりました。このように、いて座Aスターの周囲の星で早い運動が測定されるということは、そこに引っ張る力がある、つまり、強い重力源が必要で、その重さは星の速度から太陽の400万倍と求められました。非常に重いけれども暗い天体があることになります。
物理学の立場からは、相対性理論によると「時空の歪みによって光が曲がる」ことになります。つまり物質があるとまわりの光と時間が歪むのです。一般相対性理論の枠組みでブラックホールの存在を導き出したのはドイツの科学者シュバルツシルトです。シュバルツシルトはアインシュタイン方程式を解いてその解を求めました。シュバルツシルト解によると、中心天体に近づくと時空の歪みが大きくなり、ある半径より内側からは光が脱出できないことが導かれます。
ただ、アインシュタインもシュバルツシルトもブラックホールが実際に存在するとは信じていなかったようです。ブラックホールの理論は、「モノが点までつぶれる」、「時間が無限大まで引き延ばされる」といった仮定と同じように、「ブラックホールとは星がそこまでつぶれたものだ」ということで、物理学の立場からは仮想的な天体だと考えられていたようです。一方、天文学者は観測により銀河の真ん中に何かがあるということに気づいていました。また、最近では重力波の検出により、アインシュタインの予言どおり時空の歪みが波になる様子がわかり、ブラックホールの存在は確実なものになりました。
しかし物理学でも天文学でもブラックホールが「光さえ脱出できない暗黒の天体」であることを実際の画像で見ることはできませんでした。
今回の撮影の意義は、物理学的にブラックホールの存在を視覚的に示したこと、天文学的には銀河の中心にある天体が巨大ブラックホールであることが確実になり、物理学者、天文学者が長年にわたって考えてきた疑問に答えたことです。
ブラックホールの写真を撮るためには世界規模で望遠鏡を組合せて、地球規模の電波望遠鏡を合成しました。そしておとめ座M87の真ん中を拡大するとドーナツが現れたのです。
ドーナツのリングの大きさは0.01光年、中心天体重量が太陽の65億倍。光っているのはブラックホールの周りを周っている光です。光は本来まっすぐ進むはずですが、重力のため光が歪んでいることがわかります。リングは光の速さで約4日で横断できる距離で、非常に安定した天体だということがわかりました。
ブ ラックホールの撮像にあたり、日本グループは「スパースモデリング」という手法を用い、コンピュータの処理速度の向上によってこれまで解けないと考えられてきた問題を解いて画像解析を行いました。また、米国が提案した手法、従来の解析手法でも分析を行い、異なる手法が高い精度で一致することを確認しました。
そ の結果、理論での予想ではM87の質量について30億倍という説と60億倍という説がありましたが、65億倍ということが判明しました。
ブラックホールの周辺については徐々にわかってきましたが、その内部のことは何もわかっていません。星が燃え尽きると、天体は自分自身の重力で中心に向かって無限に収縮していきます。無限小の1点にすべての質量が集まると密度が無限大になり、物理法則が使えない「特異点」になってしまいます。特異点を調べるとブラックホールのなかの情報が引き出せるはずですが、観測することもできません。そこで何が起きているかの理論的考察は研究されていますが確認する術がありません。
一 方、ブラックホールのなかに物質が落ちていくのを見ると、時間の進み方が遅くなって、遠くから見るとブラックホールに落ちていかない姿を見ることができるはずです。つまり情報が表面に残っているはずだということになります。
今回のM87の撮影に続く今後の展開としては、いて座Aスターの画像化を行っています。すでに観測済で解析中です。またM87のジェットの根元の観測も国際共同研究プロジェクトで行っています。
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