相撲部屋・相撲見学・ちゃんこ鍋のご報告
境川部屋訪問記
「あっ! 朝青龍に豪栄道が勝った」
大森 史郎(昭35法)
三月九日(月)朝、私たち関西東大会々員の八人は、大相撲境川部屋を訪問した。横綱審議委員会委員でもある井手会長が、財団法人日本相撲協会の事務局に常勤する山科親方経由で依頼してくださり、実現したものだ。
案内役の沖野事務局長を先頭にして、京阪電車寝屋川市駅改札から部屋を目指した。部屋には八時半頃に着いた。三月十五日に初日を迎える春場所を数日後に控えていることと、昨今の大相撲界の不祥事を意識してのことか、稽古場のガラス戸の前は、黒山の人だかりだ。色とりどりの幟(のぼり)が何本も立っている。「境川部屋さん江」もある。風向きのせいで裏面からしか見えない。誰かが「境川ちゃんこ、だって」と言った。ちゃんこ鍋を食べるという潜在意識が、そのような錯覚を起こさせたのか。
世話役の沖野さんがやっとのことで戸をあけ稽古監督中の境川親方に挨拶。「横からまわって、座布団の上にどうぞ」との親方の言葉に、私たちは見物席に座った。
幕下や三段目力士の「申し合い」の最中だ。汗びっしょりの二人が姿勢を低くし、両手をついて立ち上がる。筈に掛っていっぺんに押し出したり、組んで一気に寄ったり、投げを打ったり、組みあっての揉み合いがあったりと、様々なパターンが目を楽しませてくれる。しかし、立ち合いに両手を完全につかなかったり、当たりの角度が高過ぎたり、褌を掴んでも一挙に出ないで止まってしまったりすると、境川親方の厳しい指導の声が響く。日頃、親方や先輩から指導を受け、頭では分かっているのだろうが、相手のある実際の土俵上のこととなるとなかなか実行できないようだ。
境川部屋の関取である岩木山関と豊響関は、輪の外に立って若手の稽古を見守っている。私は、期待力士である小結・豪栄道関を目で探した。うん、居た。私の予想よりは一寸背が低いが、あの顔だ。でも、何となく眠そうな――
「申し合い」では、勝った力士が次の相手を指名する。その豪栄道関は、いつも名乗りを上げてそばに寄っていくが、なかなか指名されない。相手が関取だから、幕下力士の方で遠慮してるのかな――
私はそう思っていた。しかしそれは、まったく私の勘違いだった。豪栄道関には誠に申し訳ない。
九時頃に、やや色白のイケメンが現れた。すっきりした顔をしている。背も高い。そうだ、これがお目当ての豪栄道関だ。
その少し前に、テレビでお馴染みの幕内力士が顔を出した。栃煌山関、栃乃洋関、栃ノ心関だ。交野市に宿舎を置く春日野部屋からの「出稽古」だ。そこへ、朝赤龍関が顔を出した。
今日は、えらく豪華な顔ぶれの稽古だな――
私は驚いた。春日野部屋は境川部屋とは同じ出羽一門だし、宿舎がここからは比較的近い交野だから分かる。しかし、朝赤龍関は高砂部屋だ。同門ではないし、宿舎も確か大阪市内だ。そんな遠くからどうして来たんだろう? ああ、そうか。実力のある豪栄道関と稽古がしたい、ということだろう。分かる。あとは私の勘ぐりだが、彼の調子を探りに来たのかも知れないな。もしそうなら、横綱・朝青龍関も来るかも知れんな――
この後のちゃんこの席での親方の話では、両力士とも既に二、三回来たそうだ。
九時過ぎに、関取同士の稽古が始まった。豪栄道関と豊響関が向かい合う。幕下以下とは迫力が違う。七人の関取が次々と渡り合う。豪栄道関が、出足鋭く栃ノ心関を寄り切る。面白い。
そのときだ。「あっ、朝青龍だ!」
やっぱり、横綱・朝青龍関が現れた。あのお馴染みの顔だ。境川親方や、少し前に来ていた春日野親方に向かって頭を下げる。そのあと、土俵の外で軽く柔軟体操をする。境川親方が、何か声を掛ける。朝青龍関は、親しみやすい表情で傍に行く。穏やかに受け答えをしている。マスコミで報道されている印象とは随分違う。案外素直なキャラクターなんだ、と感じた。
九時四十五分頃、朝青龍関が土俵に上がった。片や、豪栄道関が上がる。一回仕切り直し。二回目の仕切りで立ち上がる。豪栄道関の出足がない。右四つに組み止められ左上手を引かれ寄られてしまう。次々と他の関取を相手に、横綱は五番、六番くらい立て続けに勝つ。また豪栄道関が上がった。
立った! 鋭い出足だ。右をのぞかせ、左前褌(ひだりまえみつ)を取り、頭を付け、寄った。勝った! そう、この出足がいつもほしいんだ。
「もう一丁!」と横綱が叫んだ。張り差しから、横綱が差し勝った。豪栄道関は、寄られ、土俵際でこらえたとき、首根っこを押さえられ、左上手投げで横転した。十五分くらい連続で、横綱が土俵を独占した。そして、「申し合い」は終了した。
続いて、横綱に対して栃ノ心関が「ぶつかり稽古」。筈に掛って精一杯押す。何回かやった後、土俵中央で左肩を突かれて一回転する受け身の稽古。ぶつかる方とぶつかられる方の顔ぶれが代わって、何回も同じように続く。
十時十分、一通り終わった。境川部屋の力士たちが土俵の上に集まった。仕上げの運動だ。代わる代わる片足を上げ土俵を踏みしめる「四股」、足の裏を土俵につけたまま左右代わる代わる前進する「すり足」、土俵に座り両足を百八十度開き上体を前に倒す「股割り」などを行った。その後、一人ずつすり足で土俵の徳俵の近くまで進み、見物している来客に向かって声を出す。挨拶なのだろう。その間に、稽古場の隅に立っている太い柱をボコボコ突く「鉄砲」をやっている力士もいる。
十時半過ぎ。もう一つの楽しみである「ちゃんこ料理」を味わうときが来た。座敷の四ケ所に鍋がセットされ、その周りに座布団が数枚ずつ置かれている。私たちのうち五人は境川親方と同じ鍋を囲んだ。鍋は煮立っている。朝早くからの稽古を済ませた若手力士たちが調理・準備したものだ。
どんぶりに掬って食べる。味噌味の汁たっぷりの中に、肉やベーコンやキャベツ等の野菜がたっぷり入っている。美味い。鍋の中の野菜が減ってくると、若手力士が生のキャベツや青い野菜を追加する。私は食べるのに夢中になって、何という名前のちゃんこ鍋か訊くのを忘れてしまった。
傍に控えている若手力士が、どんぶりにビールを注いでくれる。相撲部屋らしい風情があっていい。
境川親方が言う。
「最初聞いたとき、皆さんは東西会の人たちかと思いました。でも、字を見ると東大会になっているので、どういうことなんだろうと思いました」
「東西会」というのは、大阪の有力者相撲ファンの集まりで、東京では「溜り会」というが、その人たちは本場所では控え力士のすぐ後ろの溜りで見物している。溜りでは飲食は禁じられている。
親方は、その東西会と混同したというのだ。親方のこの言葉が呼び水となって、ちゃんこを食べながらの話が弾んだ。
それにしても、この日いくつかの偶然が重なった。私事になるが、少し紙面を頂戴する。
関西東大会の名簿にもあるように、私の趣味は大相撲観戦と小説執筆だ。一年ほど前、第十四代横綱・境川浪右衛門をモデルにして書いた小説が、その分野では実績のある長崎県の「コスモス文学の会」から長編小説部門でシニア文学新人賞をもらった。
今回、私が相撲部屋訪問を申し込んだときは、何部屋に行くのか決まっていなかった。その後の沖野さんの話でも、境川部屋になるか春日野部屋になるかまだ未定、ということだった。それが、境川部屋に決まったのだ。
そこで、偶然を喜んだ私は、親方や同行の方々に読んでいただこうと、拙稿が載っている冊子『コスモス文学』を持参した。私のペンネームは両国太郎だ。都立両国高校出身ということから付けたのだが、これがまた奇遇。境川親方の現役時代(最高位・小結)の四股名が両国だ。
さらに驚いたことに、親方は長崎県の出身だというではないか。コスモス文学の会の所在地とはそんなに遠くない、と冊子の住所を見ながらおっしゃる。
これだけ偶然が重なると、まさに驚きの連続だ。不思議さとビールとに酔っていると、風呂上がりの豪栄道関が、隣の鍋の前に座った。二十二歳、有力な大関候補の一人だ。冊子を手渡しながら私は、不躾に話し掛けた。「この小説の主人公は、この部屋の大先輩です。関取も早く大関になってください。そしてさらに横綱を目指してください。さっき朝青龍関を一気に持っていった、あの出足です」
プロに向かって発した生意気な言葉にも、豪栄道関は、「ハイッ」と素直に応じてくれた。
一時間ほどちゃんこを楽しみ、私たちは部屋を後にした。皆、満足そうな顔だった。
ちゃんこを初めとして、力士たちの態度や相撲部屋の雰囲気などから、一般社会とは違う大相撲の世界のカルチャーに触れたこと、また、激しい稽古を見て、仕事や日常生活への取り組み姿勢について大きな刺激を受けたのではないだろうか。大袈裟に言うと、ワークキャリア、ライフキャリアへの新しい想いを胸にしたのではないか。
この企画、来年も是非やっていただきたい。いや、今後毎年続けていただきたい。楽しめるし、勉強になるし、とても良い催しです。(終わり)




