「旅行グルメ同好会」 鳴子・鬼首と日本海の旅(報告)

(旅行記)昭34薬 岡 良和
(スケッチ)昭32工 渋谷 寧伸

 平成11年関西東大会の「旅行グルメ同好会」の世話人を慶田雅洋さん(昭30農)が引き継がれた時、関西東大会の人達は東大を出たといっても在職中は忙しくて東日本を旅した経験は少ないのではないかというわけで、秋田、山形地方の日本海側の地域を巡る3泊4日の旅を企画され、それ以来13年間、年2回、この間二度の奄美群島への旅もあったが、主として名古屋以東、北は北海道まで旅を続けてきた。慶田さんは在学中から東大の旅行研究会に所属され、以後も旅行を趣味として全国を巡っておられるので、いわばその蘊蓄の一部を分けていただこうという旅である。旅程はすべて慶田さんが細かく設計されるが、宿泊ホテルや訪問場所、施設などすべて慶田さんが訪れたことがある所から選定され、そうでない所は最近少しご不自由になられた身体をいとわず、奥様を伴われて事前に必ず下見に行かれている。現地で慶田さんをサポートする幹事役として、前半は竹澤さん(昭37法)、現在は石崎さん(昭38法)がお世話され、これらの方々のご努力のお蔭で今日まで13年間続いてきた。
 「関西東大会」のステッカーをバスのフロントガラスに貼って東日本を走っていると、「カンサイヒガシタイカイ」と読まれることが多く、一体どういう大会かと訊かれたこともある。この旅行会の特徴は参加者全員が好奇心旺盛なことである。名所の風景を愛でるばかりではなく、その近辺にある小さな美術館、博物館、歴史館、個人記念館などを隈なく巡り、その中の展示物を見るのではなくて読むのである。あまりに熱心なので、その施設の館長や学芸員が出てきて説明してくれることも多く、そうなるとここぞとばかり質問が集中して、予定したスケジュールが遅れることがしばしばである。従って一回の旅行で移動する距離は比較的短い。4泊5日の北海道旅行と言えば、北海道の端から端まで行ったのかと思われるだろうが、第18回(平成20年)の旅行では4日間かけて十勝地方とその周辺だけをきめ細かく巡り、バスガイドを呆れさせた。翌年はやはり4泊5日で日高地方を回った。決して距離を欲張らず、日の高い間にホテルに入り、夕日を見ながら温泉に浸る。気分的にもゆったりとした旅、これがこの会の特色の一つとなっている。
 第27回目となる今回の旅行は13年前の第1回旅行と、11年前の第6回旅行の良い所取りをした言わばリバイバル旅行であった。参加者(夫婦4組と単身参加5名、計13名)は10月22日午後1時に東北新幹線古川駅に集合し、陸羽東線に乗り換えて鳴子温泉駅で下車、路線バスで鬼首に行って、ホテルオニコウベに投宿し2連泊した。ここは人里離れたスキー場に隣接したスイス風リゾートホテルで、周囲の山々は例年より少し遅れ気味の紅葉に彩られていた。

  リゾートパーク オニコウベにて

 鳴子温泉駅前
翌23日はこのホテルを拠点として、小型バスで主馬神社→鬼首温泉の間欠泉→封人の家→鳴子峡→尿前(しとまえ)の関跡→潟沼→温泉神社→日本こけし館と、周辺の名所旧跡を精力的に巡った。

 鳴子峡・大深橋のアーチをバックに
鳴子峡は紅葉真っ盛り、こけし館には東北各地から集められた各種のこけしが多数 集められているが、館内で「読む」ことによって、鳴子こけしを一目で見分けられるようになった。今回の旅行経路は松尾芭蕉の奥の細道と重なる部分が多かった。1689年芭蕉と曾良は鳴子温泉から尿前の関を通過して出羽に入ったが、風雨のため封人の家(関所の役人の家)に閉じ込められて2泊し、「蚤虱馬が尿する枕もと」の句を詠んだ。芭蕉が座った囲炉裏端でお茶をいただきながら管理人の説明を聞いた。
24日はJR新庄、余目、酒田経由で象潟(きさがた)に向かい、芭蕉が「象潟や雨に西施がねぶの花」と詠んだ蚶満寺(かんまんじ)を訪れた。この地域は有史前から鳥海山の噴火に伴う大地震による山崩れや地盤変動の多かった地域であるが、850年の大地震で地盤が沈下して潟となり、芭蕉が訪れた頃には火山岩からなる多数の小島に松が生えて、東の松島と並ぶ景勝地となっていた。それが1804年に起った大地震で付近一帯が隆起して再び風景が一変し、蚶満寺のある島やその他の小島群もすべて陸続きになってしまった。近くの展望台から眺めると、田園の中に松の生えた小山が点在して、まさに陸の松島といった風景である。寺の外には最近建てられた中国歴史上4大美人の一人、西施の石像もあった。日本海に沈む美しい夕日を眺めながら湯の田温泉酒田屋旅館に向かい、そこに2泊した。前日までの2泊とは対照的に、日本海に面した家族3人で営む古くて小さな温泉旅館である。13年前もここで1泊した。

 酒田屋からの日本海の日没
25日は貸切バスで海岸の岩に多数の仏像が彫刻された「十六羅漢」を見物した後、鳥海山のドライブウエイを五合目の鉾立展望台まで登った。あいにく山頂は雲がかかって見ることが出来なかったが、周辺の山々の紅葉が美しかった。秋田県側に下山して、にかほ市(旧金浦町)にある白瀬南極探検隊記念館を見学した。今から丁度100年前、1912年に日本人として初めて南極大陸に上陸した白瀬中尉はこの町の出身である。午後は最近芭蕉直筆の短冊が発見された象潟郷土資料館と、江戸末期から明治にかけて北海道でのニシン漁で成功を収めた青山留吉が故郷に建てた旧青山本邸を訪れた。
26日は晴れた鳥海山頂を眺めながら酒田市に向かい、郊外の公園内にある土門拳美術館を訪れた後、戦前まで庄内平野の大地主として栄えた本間家の旧屋敷と本間美術館、および庄内米の集積倉庫として明治時代に作られた山居倉庫を見学した。午後2時にJR酒田駅で解散して、今回も収穫の多かった旅を終えた。
この13年間、数多くの人々がこの関西東大会の旅に参加して来られたが、ここ数年はメンバーもかなり固定化してきている。市販のツアーでは味わうことの出来ないこのような手作りの旅に、是非一度参加してみられることを会員の皆様におすすめしたい。


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